詩のみずうみ 

割り切れない気持ちを割り切らないまま表現します              ※無断転載、印刷配布おことわり © 環つやこ 2014

子どもたちは… じぶんのこころを見つめる旅

f:id:kazehikari:20150903141015j:plain

f:id:kazehikari:20150903141353j:plain

f:id:kazehikari:20150903141021j:plain

いま、子育て真っ最中です。

いろいろと割り切れないおもいが、日々、降り積もってきます。

それもいつも不意打ちです。

解決できないままだけど、未熟な私だけど、戸惑う気持ちが伝わってくれるといいなと思います。

 

とても不安で、とても悲しくて、子どもと一緒の毎日を楽しめない私ですが、日々を大切に生きようと、過ごしています。

 

なかなか思いが言葉にならず、割り切れない思いが切なく、胸に突き刺さったままになっています。ブログの更新も、ゆっくり、ゆっくりですけれども、時々読んでいただけると、とてもうれしいです。

 

一枚目の写真は、京成バラ園で撮った写真です。モネの睡蓮を思わせるような美しい池がありました。

二枚目の写真は、私が通院している病院の玄関に飾ってあったピカソの絵です。まるで聖母子像なのですが、このやわらかな明るくやさしい感触に感動しました。こちらの病院で私は甲状腺機能亢進症(バセドウ病)の治療を続けています。

 

2年ほど前でしょうか、私は表参道にある天然石のお店に伺い、数秘術の占いをしていただきました。甲状腺の病気であることを伝えると、

「喉のチャクラは表現に関係しているのですよ。いま、あなたは喉のチャクラが壊れていて、うまく自分の気持ちを表現できないのです。趣味である合唱や詩を通して、すこしずつ自分の気持ちを外に出してあげるようにすると、病気も快方に向かうのではないでしょうか」

と言われました。

 

英文科の大学生の時、フランス文化研究を教えていらした恩師に出会いました。

私は、壊れやすい自分を修復するために、毎日日記を書いていました。

日記を書くうちになぜかそれが詩にかわっていくことが、何度かありました。

書き溜めた詩は、自分で自分をいやす自家製の薬のようなものでしたので、どこかに発表するようなことは、あえてしていませんでした。いまでも、投稿にはいまだに至っていません。本当に自分に自信がないのです。

 

フランス文学者で詩人の恩師がシェイクスピアの読書会兼自作詩のサークルを開いていると知り、その会に通うようになりました。このブログの最初に載せた詩「でんしゃははしる」はその頃にかいた詩です。じつは、スクールカウンセラーに「離人症」ではないかと伝えられたころのものです。高校生の時に同級生の嫌がらせを受け、大学受験に失敗してから極端に自分否定をしていました。どうすればよい私になれるのかと、非常に追い詰められていたころでもありました。

 

私はそんな心の痛みを感じる旅のうちに、言葉や詩というツールを使わないと、ほんとうのわたしの素直な気持ちを出せなくなっていきました。

 

恩師との出会いからわたしは結婚、出産、引越しを経験し、かなりの時を経ました。

しばらくは詩も必要ないほどの幸せな時を過ごしていました。しかし、なんということか、子育てを通して再び、私はわたしと向き合わざるを得ない状況になってきたのです。それは、子どもの反抗期です。

 

そんな時、この頃は全く作動しなかった家の固定電話が鳴りました。はっと驚き受話器を取ると、「わはっは~」という笑い声。誰かと思ったら恩師でした。

「詩は書いとるか?あなたは感性の人だから、かかんといけんよ~。」

また詩を書き始めていた時期だったので、本当にちょうどいいタイミングでした。

また、こんなメールを頂きました。

 

貴女の「うまくいえない~感覚」を試行錯誤の末に自分なりの言葉で捉えれば、詩になると思います。それは、目に映った対象をもう一度ていねいに見直すことであり、同時にそれを見ている主体――つまりあなた自身の内面を掘り起こすことに他ならない。詩や小説を作る、言葉で書くという行為は、このように対象と主体が交錯し、混じり合う地点で作品は産み落とされるのだと考えられます。朝晩めっきり冷えてきましたが、お身体をおいといください。

 

私が思いも新たに、また自分を見つめなおそうと思った出来事でした。

恩師の存在は、本当にありがたいです。

これからもお元気でご活躍されることを、心からお祈りしています。